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2014/02/03 (Mon) 丸山先生のこと

丸山映先生の展示が沖縄の県立美術館で始まったそうです。

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http://www.museums.pref.okinawa.jp/art/topics/detail.jsp?id=1153


丸山先生は、わたしが入学した沖縄県立芸術大学の教授で、一学年5人しかいない彫刻科の4人の教授陣の一番偉い先生でした。
 
ほぼ学生と同じ人数の先生がいるので、それはもう目をかけて頂いていて、「お前は俺の娘と名前がほとんど同じだからな」なんていって、彫刻がどヘタだったわたしでしたが、すごく良くして頂いていました。


そんな丸山先生と大学4年生の時二人で東京に旅をしました。
ある奨学金の賞をいただき、その授賞式に推薦文を書いてくださった丸山先生と出席することになったのです。

飛行機の中で少し離れた席で本を読んでいたら、先生に「見てみろ!」と窓際に呼び出されて、私は生まれて初めて富士山を見ました。

モノレールのから空をみあげて、「雲のない空なんて何年ぶりでしょうか」「そういえば沖縄で快晴ということはないな」なんて話をした。
上野でご飯を食べているとき、手がカタカタと震えてて、フォークを落とした私に「お前つかれているな」と先生は言った。
私はその時、自分が東京の人ごみが苦手なのだと知りました。


授賞式で、丸山先生は有名人でした。そこにいた他の大学の先生がみんな挨拶をしに来て、さらには有名人過ぎて先生はその場で突然スピーチを頼まれました。
いやしかし「困った」と言いながら喋り始めた丸山先生のスピーチ姿は、本当にかっこよかった。素敵な色味のカジュアルなデニム生地のスーツ姿もかっこよかった。たくさんいろんな学校の教授がいたと思うけど、うちの先生が一番かっこいいって、思ったのを覚えています。

先生のスピーチはパブリックアートを推進する協会の奨学金だったことに引っ掛けて

「パブリックアート、パブリックアートと言いますが、それはパブリック(公共)な場所に置くからパブリックアートではなくて、作品の置いた場所に人が集まり、そこがパブリックな場所になること、それが本当はパブリックアートなのではないでしょうか」
といった内容で、私の胸の中にそれは大切な言葉として未だに強く残っています。


その次の年の2004年に長いあいだ患われていたご病気がもとで、先生は逝去されました。
実家からも遠く離れて暮らしているわたしにとって、初めて間近で出会った親しい人の死でした。
思えば、東京に行った時も先週まで検査入院といっていて「お前足速いな」っていわれた。
あの時、どうして私はゆっくり歩かなかったんだろう。愚かな、若者だったあの頃の私は。

あの一年間、どんどん痩せていく先生を見て「行かないで、行かないで」とどんなに真剣に願っても、日に日に連れて行かれてしまう、自分の無力さにやるせなくなったあの期間が、本当に切なく悲しい時間でした。今思い出しても切なくて涙が出ます。





時は過ぎ2014年1月、先月のことです。渋谷の道玄坂にてお芝居を見に行きました。
東京の人ごみは未だにおかしくなるほど苦手で、中でも渋谷は意識が飛んでしまうほど苦手なのですが、どうしても観たい舞台だったのです。

しかし、人ごみで衰弱していた上にその直前から親知らずがはれて、痛み止めも効かず睡眠不足と歯痛もあいまって、舞台中一度気絶してしまうほどわたしは心底へとへとで、しかも一人でまたあの人ごみを抜けてゆかなければいけないと思うと、その時はもう自分は世界一かわいそうなんじゃないか、と思うほど心細かった。


そんな気持ちで大きなユニクロの入ったビルの中にある劇場を出て、ビルの出口から出た瞬間、その出口の真ん前たくさん往来する人の流れの中に、とっても親しい私の好きな見知った顔を見たような気になって「わっ」っと声が出ました。
その時はっきりと「丸山先生がおる」と私の心が思いました。


それは、丸山先生の御影石の作品でした。
まさかと思って、プレートを確認しても、やっぱり丸山先生の作品でした。

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ギスギスしていた気持ちは一瞬でやわらぎ、彫刻の前に腰掛ける若者たちにすら親しい気持ちになって、「ちょっと彫刻撮らせてくださいね~」なんていって、この写真を撮影しました。


その時 とっても強く感じました。

その作品を置いた場所に人がつどい、その場所がパブリックスペースになる作品とは当たり前だが日本有数のパブリックスペースに置くような作品なんだって。

御影石の作品は半永久的にあの場所に居続ける。
時には渋谷の雑踏の景色にとけ、時には彩りとなり、誰かの居場所になるのでしょう。
ずっと丸山先生の面影を讃え、こうして何年経っても時には私の心にそっと寄り添い勇気付けてくれるだろう。

10年前、私に「お前疲れてるな」と言った言葉そのままに。



ああ、彫刻、美術の存在意義のひとつにきっとこれはあるんだ。
そう体感し実感したのです。



今回の美術館のコレクションにどの作品があるのかまだ確認していないけど5月まで展示されているので沖縄の人は機会があれば是非先生の作品を観てほしいと思います。

御影石の抽象的な作品がきっとあなたの心に入って来るのではないかと思います。

彫刻とは、表面的な形の造形ではなく、内側から張り詰めるフォルムや、自然との対話なんだって、きっと伝わると思うし、ひとりの人間がつくった形が、どうしてこうも気持ちよく感じるのだろうなんて、思うことだろうと思う。

いかに、丸山先生が女の人の形を美しいと感じていたのか、とっても敬意を持っていたのではないだろうか。そんなことまで伝わると思う。

そして、その作品は半永久的にその情報を発信しつづけるのだ。


わたしも彫刻を、作っている今を、また少し誇らしく思う。

先生、何年たっても何歳になっても心配かける、ポンコツでごめんなさい。
作品作ります。


2014年02月3日

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2014/01/07 (Tue) 明けましておめでとうございます

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1月1日 元旦より東京へ行った。

有楽町にて観劇。
お餅つきイベントまでみてしまいました。


去年一年わたしのモチーフとなってくれた、頼もしい青年たちの舞台でした。


2013年年明け早々ズタボロになっていたわたしは、本当に彼らを描く(彫る)ことでなんとかつながっていたような気がしています。



だから、2014年の幕開けが、彼らの舞台で本当に幸せでした。

2013年は少し休むじかんだったのだと感じています。


と、いうことで、今年は彫刻やるぜー!!



画像は、1月1日に東京で友人と!
わたくしお手製のブローチです!

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2013/03/18 (Mon) 120318

ここ最近の私の不思議な話を、うまく伝えられる気はしないので、ここには書きませんが(直接聞いて)

多分話したら、不思議ちゃんだね~とみんな認めてくれるだろうね。

リアルな不思議ちゃんてこういうことですよ!


もともと不思議めな人生だとは思っていたけど、そんな人間が本厄を迎えるとこうなるのだと、風水ってあながち嘘じゃないなと、いろいろ思った次第です。




fullのコピー

http://imokoyamamoto.blog.fc2.com/
↑今はこちらでブログ書いてます(期間限定)
毎日更新していますので、ぜひご覧ください。

リアル不思議ちゃんより

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2013/03/16 (Sat)

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純と愛ファン感謝祭に行ってきました。

毎朝見てる出演者がかわるがわる出てきたりHYが歌ったり、めくるめく幸せ空間!!



いろいろ面白かったけど、一番感じ入ったのが、NHKの優秀感。
前説をやった、受信料徴収係のおにいさん(この時点で普通の会社のトップ営業マン並みの出来る感)から、イベントのスムーズさから、司会アナウンサーさんの切り返しのうまさ(すごくドラマ見てるのがよくわかる)カメラマンのスイッチングの的確さまで、超優秀。賢さみたいなのがすべてに漂ってた。

最後のアンケートの項目に、「この企画を体験してみて、受信料を払う意義が分かった」という項目があって、花丸をつけたかった。
そして、武田鉄也も、風間俊介も、夏菜も、おしゃべり上手!
鉄也のおしゃべり単独ライブ(独壇場)生で見れてうれしい~。さすがフォーク畑出身!!
あと、HYが三線で、琉球祭り太鼓を引き連れて歌った直後、城田優がおもわずスタンディングオベーションしてたのとか最高でした。


あと、最後にさすがに一組だけ、黒地のいわゆる「うちわ」を持っていらっしゃる方がいらして、それを目ざとくみつけた武田さんが、風間さんに指差して、専門用語で言うと、‘‘金八が風ポンにファンサを強要‘‘しててめっちゃ面白かったです。



イベントの前にちょっと時間があって、たまたまあった先輩が進めてくれた浦添の図書館に寄ったら、
岡本敏子の本があって、岡本敏子の太郎に対する理解度に触れたら、



すべての岡本太郎男子に、岡本敏子を!

すべての破天荒ガールに街田愛を!!

と、思った。






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2013/02/13 (Wed) ハラカミさんいわく

メールの下書きに、いつぞやネットで拾ってきたレイ・ハラカミの言葉がメモってあって、たいへん染み入った。


「テクノロジーを手に入れることで自分を超えられるような錯覚を、経験値のない人ほど思ってしまうけど、決してそうではない。できることしかできないし、やりたいことしかできない」



そう!ほんとそう。

ハイだハイだと言ったって、テクノロジーはつねにツールでしかないのだ。

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2013/02/02 (Sat) クリムト

愛知県美でクリムト展を見てきました。
クリムトって今の時代にいたとしたら、江口寿史とか浦沢直樹とか村田何だっけ超絵うまい人 。
みたいな漫画家だったかもなあ。なんてちょっと思っちゃいました。


印刷物や版画作品が多いのもあるのかな。



あと、18歳の頃の絵が何枚かあったんだけど(うまーい!)、油絵に何だか18歳の男の子の自意識がちゃんとにじんでて、クリムトも、ハイティーンだったんだ!ってうれしかったな。



クリムトカレーをお土産に。

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2013/01/28 (Mon)

はんこのイベントをやる予定があるので、しばしのあいだ出張所でブログ書きます。

↓↓
はんこ彫刻研究所e

毎日書く予定ではあるのですが!

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2013/01/27 (Sun) みなぎる


最近、夜遅くまで起きてハンコを彫って居られる。

超人的


大変無駄に。

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2013/01/25 (Fri) 遊び半分


オーブンで作品を焼く巻!

うけるう

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2013/01/22 (Tue) no title

最近衝撃だったこと。

何かに書いておきたいので、深く言及はせず、ここに。


年齢的にマリウスは余裕で産める……!



びびったです。

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2013/01/14 (Mon) 新しい趣味


ひとりでカラオケに行くという趣味が出来てしまいました。

ビートたけしの「浅草キッド」とか歌っちゃった。
何故か福山雅治のカバーバージョンで。

自分のキーにジャストな歌(画像)を見つけて、それを歌うと声が超出る。
きっと少年の声に近いんだなあ。


サンボマスターの「世界をかえさせてくれよ」が一番気持ちいい

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2013/01/13 (Sun) できたー!


こういうメモ帳が個人的にほしかったのです

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2013/01/13 (Sun) ハンコ


あっと二人~! (めんどくさい)

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2013/01/13 (Sun) 電大のライブの巻

昨日は2013年ライブ初め!

何このバンド、ドラム、ベースギターすべて好み!!
音圧たけえ、つうか、細胞に刻まれた音色なにこれええ!!と
思いましたが、それもそのはず。「電大」は
ユニコーンのドラム川西幸一、ベースEBI、ギターテッシー。

そりゃそうだ、そりゃ。

私のロックはユニコーンから始まったんだもん。

そして思った。ユニコーンは演奏のうまさというか仲の良さ?はもとより、何しろメロディーメーカーの集まった集団なんだ!!

この三人に、奥田民生(言わずと知れたかの有名な、ボーカリスト)と阿部義晴(スターな男とかWao作ったキーボード)がいたら鬼に金棒。。。

私の好きな音楽ってもう中高生の時にぜ~~んぶ決まってたんだ。多分。

大人になってから好きになったミュージシャンは、バンバンあちらに行ってしまうのだ!
星野源すらくも膜下出血!?やめてください。もう。
生きてよ

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2013/01/13 (Sun) うさぎ


明日写真を撮る予定なので彩色を丁寧に仕上げています。
これ、いい作品かも。垂直でてないけど。



今本当にうさぎを買うかどうか悩んでいて、猫を飼っている同僚に、夏場家の中に放置は大丈夫なのかとか聴いてみた。


「うち一階だから野良のボス猫がしょっちゅう侵入して来るんだよ!
あと家に居る時間が短いから、淋しくて死んじゃうかも……!」


「いや、淋しくて死んじゃうはあいつが言っただけ!嘘らしいよ。 あいつあいつ、ドラッグ前科一犯」


の、のりぴー?


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2013/01/09 (Wed) 2006年の日記

をふとUP

タイトルは「雨は気を利かせて、アンコールに降った」









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2013/01/08 (Tue)



泣かない。
私も前に進みます。

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2013/01/07 (Mon) 今日も楽しかった



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2013/01/06 (Sun) 彫りやすい


世の中には彫りやすい人というものが明らかに存在する。

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2013/01/05 (Sat) うさぎ


うさぎに一目惚れ
ミニレッキスという種類。パンダ柄。
個展で散々、くりやまさんはほんとはさして動物が好きじゃ無いんでしょうと言われましたけども!

確かに彼らと意思疎通がままならないことは大変残念に感じてますけども!

それでもとっても敬意は持ってます。


でもこんなに動物に心をうばわれたのも初めて~!



飼うべきかな。

名前だけかんがえた。

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2013/01/04 (Fri) 粘土練り


今日は寒くって、粘土練りがつらいじぇ。

でも、うちの土練機様が頑張ってくれました。

社会人の塑像人は必須だよ。

土練機!

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2013/01/03 (Thu) 年賀状

元旦に届いた、中学校からの腐れ縁の東村の年賀状は、私が12月に出して元旦に彼女の手元に届いただろう年賀状の返事としか思えないような内容で笑ってしまった。

私が当てこすりのようないやみを言い、彼女がその言い訳をするのである。


もはやテレパシーである。付き合いが長いってすごいね。

今日もまた、生きてるってことの醍醐味をしる。

長く生きてみるものですよね。まだ30歳ちょいですけど。

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2013/01/02 (Wed) 120102



しむら

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2013/01/01 (Tue) 元旦

年賀04

絶妙にダジャレになっております。
どうゆうこと?なんていう野暮な人には、言いませんよっ!!

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2012/12/31 (Mon) おおみそかー


紅白を見ながら突然のプラ板ブーム。

オーブンレンジがあってよかったなっと

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2012/12/30 (Sun) 年末につき

昨日放送していた、小沢昭一の追悼番組「あしたのこころだ 小沢昭一について考える」 を流しながら、掃除中(大掃除ではないだって終わらない)
黒柳徹子のコメント「あたしが、100歳まで仕事したいのなんて30代の頃言ってたら、『でもさみしいよ。あの時はさあって言った時に、となりに誰もいなくなるのは』って小沢さんがおっしゃったの。本当に寂しい」

ああなんて切ない話。
50年来のお友達なんだって。

「戦争中、大きな空襲の時疎開先で、生まれ故郷の東京の方を向いていたら上官がふらっととなりに現れて、小沢、お前さみしいかと聞くんです。突然だったから嘘もつけず、ハイ、さみしいです。と言ってしまった。ああ。ひっぱたかれるかなと思ったんですが、その時上官が『俺もだ』と言ったんです。私はそれでとても救われて。」
と小沢さんは言っていた。
とっても涙が出た。

戦争体験者の人がひとりひとり亡くなられていく。
それはどういうことなのかよく考えていあないといけないと思う。

しかし、小沢昭一や、タモリの存在が当たり前の徹子が、今の芸人の芸に反応が悪いのは仕方がないことだろう。

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2012/12/29 (Sat) これ日記にする必要ないけど。

私は、ローラースケートに乗れる垂れ目のアイドルが好きなんだ!


小二のころ、津公園のお祭りの出店で、お母さんにねだってなんか小さい金属の額縁状のロケット?写真がはいったペンダントを買ってもらって、(なんでだったんだっけなあなんか病院の待ち時間だったような)その中の写真に写っていた男の子を、私の生き別れた兄だということにしようと決めたのだった。

それが当時人気爆発していた、光GENJIの山本淳一だった。

なんか、買ってもらった時のこともよく覚えてるし、強く兄だと信じ込もうとトライしている自分もよく覚えている(トライしてるって時点で思い込めてない)。



だから今、キスマイっていうローラースケート履いてるアイドルの垂れ目の鼻の大きい宮田を好きなのは、いたしかたなし。


そう思った。こないだテレビでパラダイス銀河を歌う宮田くんを見て。


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2012/12/24 (Mon)

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2012/12/24 (Mon) no title

個展が終了し、我慢していた映画をたくさん見ている最中です。
それでも、「黄金を抱いて飛べ」は見れなかってくやしい。
先週は「かぞくの国」(震える程よかった)
昨日は「大奥」(よしながふみ大好き)と「悪の教典」を見た。
三池崇史って人は素直で無邪気で残酷で、テクニシャンで、ユーモラスでなんつーか、さいこう!

そして、「この映画、私はきらいです。」といって劇場を泣きながら出たっていう大島さんはなんて感受性の豊かな人なんだろう。大事にしてほしい。 その時柔らかい心でトップアイドル。しんどくても頑張ってほしい。




今日は半日つぶす覚悟で、「この空の花-長岡花火物語」を見た。
なにしろ3時間以上あるのです。

いやしかし、なんていえばいいのか、ものすごい体験をしたなあとしかいいようのない映画でした。

この監督のエネルギーたるや。たるやです。

ちょっとぞっとしたのは、劇中劇のタイトル、または劇中新聞のコラムのタイトルである「まだ戦争には間に合う」
この言葉が、大林宣彦監督が作った当初、そして封切り直後にはまだ、わりと非現実的な言葉、「戦争!?」って感じ、だったのが、今現在となっては もう「間に合わない」というところまでもしや来てしまったのでは、と思わざるをえない状況になっているということ。

まだ今年の映画なのに。





新藤兼人の遺作「一枚のハガキ」もはっきりと体験者からの悲痛な、力強い反戦のテーマだったし、塚本晋也監督も、今の空気は戦争に達するんじゃないかという恐怖がある。と言っていた。



敏感な作り手たちは肌で感じているんだなあと思った。





「この空の花」この映画、あまりに圧が強すぎて、印象のみしか残らないのだが、なかでも一番思い出すのが、母親とふたりで暮らす松雪泰子演じる玲子のお母さん(長崎で被爆している)の会話。

「私は体が弱かったから、それでもあなたは立派に産んで。(意訳)」
「ありがとう」
「あなたもありがとうと言ってもらわなくてはね」


それを聞いて、自分自身も親に会えば、孫、孫言われることにうんざりしている時期だったのだけれど、あれは親的には、もちろん小さなほやほやの自分たちのあまやかし放題の赤ん坊がほしいわあという意味もあるだろうが、同時に私たちにとって、あなた(子供)という存在は素晴らしい物であったから、あなたにもそれを体験してほしい。
という、私たちに対する肯定の言葉なんだなあと初めて思った。

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2012/12/17 (Mon) いきな君について。

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今回、個展に出したメインの作品「いきな」は、レイ・ハラカミさんの曲ををイメージしながらつくりました。

去年の7月に沖縄のカフェでライブをしたハラカミさんに握手してもらって、サインをもらいました。

2012年7月のブログ


演奏直後のハラカミさんの手は汗だくだった。

その時の演奏が、あまりにも素晴らしく、あまりにも彼の全てが出されていて、あまりに私は影響を受けてしまって、帰り道、私はその握手してもらった手を舐めてみた。もう、汗の味もしなかったけど。
爪の垢を煎じて飲むみたいな?(ドン引かれるの覚悟で書いてます)

そして、その二週間後、同じ7月レイ・ハラカミは40歳でこの世からいなくなられてしまわれたのでした。

私が、自分の作品はプラスチックでいいんだって自覚したのはレイ・ハラカミのCDを聞いたからでした。
どうやら音楽を作る機械としてはホントにチープなもので作られていたというハラカミさんの曲。
それでも、何ものにもひけを取らない、ハラカミさんの楽曲。

どんな素晴らしいミュージシャンだってどんなに健康だって、いつかは死ぬだろう。
まあ40歳は早いとしても、でも200歳までは生きられないだろう。


でも、彼の孤独な宇宙に触れて感銘を受けてしまった私の作品にはいやがおうにも、彼の作品の色がにじむだろう。あの時舐めた汗はきっと私の血になっただろう。
そうやって、何かが残って行くことが、表現だし、生きていたってことなんだって、思う。

40歳はやっぱりはやいけどさ。



8日間の個展、たのしかったです。
特に最終日のはんこ教室とか。
私の書いた文章、ボツになってそれがある日ラップとして仕上げられてたとか。
みんながハンコを喜んで押してくれたとか。
沖縄にいる知り合いという知り合いに会えたとか。

超超、楽しかったです。

来ていただいた皆さん、お花やお手紙を下さった皆さん、本当にありがとうございました!!

大変幸せな8日間でした。




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プロフィール

e彫刻研究所 

Author:e彫刻研究所 
沖縄にある彫刻アトリエです。

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