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2011/08/31 (Wed) 0831


ハンコ彫ると気がやすまる

と思ってたらまた増えた。

いっこヒーローちゃんにリクエストされたのであげる用に作ってこないだわたしたが、
「名前漢字表記の方がよかったかなあ?ひらがなにしちゃったけど」と言ったら、
「なんでもイーっすよ…んぐ、じゃなくて、これでいいっす!」
といっていた。

な、なんでもよかったんだあ……


「あと、彫りが細かいから目づまりしたら、この練りゴムで掃除してね」
と練りゴムをつけたら、
「めんどくさいですねえ!水洗いじゃダメっすか」
と言われた。

……絶対、水洗いのほうが乾かしたり、めんどいって! 劣化するし。





無頼なのかあ?

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2011/08/29 (Mon) bu-!



岡村ちゃん

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2011/08/24 (Wed) モテキのチケ


モテキの前売り券を買いました。

沖縄ではやらないんじゃ……と心配していたので、近くの林檎コープ(スーパーの生協)でポスターを見つけて興奮した!!


ちなみにペアチケットじゃなくて、私が二回観るチケットです。

那覇でやりますように!



rei harakamiとU-zhaan もちらっとでてるらしい。



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2011/08/23 (Tue) 今日のはんこ

moblog_246db74b.jpg
もんじゅくん!

人のキャラだと線がいまいち。


キャプチャ

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2011/08/19 (Fri) 110817


今日は寝床に岡村ちゃんを持ち込んで眠る。

最新の岡村ちゃんを私はキムタクコスプレと呼んでいる。
太るのは愛嬌の範疇だとおもう。

でももう、ドラッグに転ばないでください。






15日発売だったCoccoのベスト盤を、とても神妙な気持ちで聴いていたら、集中し過ぎて頭が痛くなった。

と思っていたら熱が出た。

知恵熱みたいなやつ。

ちょっと体に傷がついたからそれの修復もあるし、何より7月から気がはりつめていたのが、すこしゆるんだのもあるだろう。

お盆は忙しかった。

たまたまフィールドワークで沖縄に来ていた弟と15日の昼ごはんの前に黙祷した。



たくさんの痛みがありすぎて、もう何に向かって祈ればいいのか分からないほどだ。
一分で足りるんかな。

そんなことを思った。

沖縄の戦争を、広島を長崎を、日本中の戦争を、被災者の冥福を、弟の友人のことを、ハラカミさんのことを、思った。強く祈った。




今年から就職した後輩が、「薄給で馬車馬のように働いているんですよう」
と言っていた。わたしも一年目は要領もつかめぬまま、徹夜などもたくさんあったけど、
聴いていたらすこし彼女自身が冷静に現状把握を出来ぬ所に差し掛かっているようだったので、一応いさめてみたけど、「でもぉ、やらなくちゃいけないんですよぅ」と言っていたので、やらはるんやろうと思うけど、一応 「生理がとまったらやめるんやで」 とクサビは打っておいた。

自分の健康は自分しか守れないよ。




体を壊してまでやらなくてはいけないことはもっと他にあるのではないのか。
私はそう思う。

そして、健康でいたいわけは、そういう、どうしてもやらなくてはいけないことができたとき、体が利かないでは自分に申し訳が立たないと、思うのだ。


次の目標は40歳かな。

心して、この十年を進んでいこうと思う。





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2011/08/15 (Mon) 耳を澄ましてよく聴いて

耳を澄ましてよく聴いて。

110730_173829.jpg



私は、基本的に動物を好んで作りますが、なかでもぞうが一番好きで、もう10年くらい前から事あるごとに作ります。


なにか自分の心象風景を写したい時にぞうがモチーフになっているように思います。



今回のこの作品は、震災後に作りはじめました。

わずかにさえも揺れず、とても静かで穏やかな春をむかえた沖縄で、あの怖い映像をテレビで見続けて一体自分はどうしたらいいのかわからず、すっかりパニックになっていました。

ものすごく恐怖は覚えつつも、それでも私はあれだけ激しく揺さぶられ、すべてを飲み込む海を目の当たりにした彼らの気持ちを考えられているのだろうか。とその時は思いました。

沖縄から動くことも出来ず、ふんだんに募金するようなお金もなく、貧血だから献血すらままならない。じゃあどうすればいいんだろうかと、ずっと考えていました。



そんなとき、大友良英さんの京都でやっているラジオをポッドキャストで聴いたのでした。
最初はその時ゲストだったレイ・ハラカミの声が聴きたいがために聴きはじめたラジオでした。大友さんのことは「その街のこども」の映画音楽を作った人ということくらいしか知りませんでした。

JAMJAMラジオ3月31日収録ポッドキャスト版→http://p.tl/3LUd


そんなふたりのラジオは、まだ震災直後に録られたというだけあって、ふたりとも軽口のように音楽を語り合いながらもやはり震災のはなしになると空気がびりりとしていました。



福島に現在の実家があり、ご両親が今も福島に居るという大友さんの声の切実さに、広島出身の被爆二世であるハラカミさんの抑えた激しい怒りに、とても心が震えました。




以降大友さんが遠藤ミチロウさんや詩人の和合亮一さんたちとともにプロジェクトFUKUSHIMA!を立ち上げ、
本日8月15日に福島でフェスをやっています。

私は沖縄の会場の桜坂劇場にこの「耳を澄ましてよく聴いて」を置かせてもらえることになりました。
大好きな桜坂の映画館に作品を置かせてもらえるだけでもうれしいです。

ぞうくんも風呂敷をひいて座ってもらいました。


福島の会場の様子はユーストリームで沖縄でも見れます。

一秒も目が離せない。
お茶を入れることもできません。
涙が本当に止らなくてどうしようもない。

いつの間にか三時間も PCの前で坐っています。日も暮れ始めた。

今、スターリンと向井秀徳と同時にやってて困る!!なにごと!!!
そしてザ・スターリン246みてます。
私は18歳で沖縄に来て、夜遊びことはじめは遠藤ミチロウのライブでした。
とっぽいねーちゃんミポリン先輩が連れて行ってくれました。
赤ワイン飲んで、べろべろで金魚の唄を聴いたなあ。
ミチロウさん、バンドも吐くほどカッコいいいいいいいい~~~



集中しすぎて頭が痛い。
でも今日、ハラカミさん見たような気がするなあ。うれしいなあ。


七尾旅人さんの、5月に福島へ行き被災地をみて回った帰り道、ハラカミさんが後部座席で泣いていたという話で大きく声を上げて泣いてしまった。

ハラカミさんが、この世と決別する瞬間があったとするなら、ラストのU-zhaan×rei harakamiのあの演奏中だったとおもいます。
U-zhaaanのタブラすばらしかった!!








わたしはこのゾウ君と一緒に、あの会場の祈りの音に耳を済ませます。

わたしはそうやってまずはこの状況と向き合っていこうと思います。


しんけんに耳を澄ませれば自分の中にある答えも聴こえる。


そう信じています。


プロジェクトFUKUSHIMA!



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2011/08/06 (Sat) grief & loss

最近はまた、朝歩いて会社へ行くことにしている。

太陽もまだ灼熱ではなくて、音楽を聴きながら涼しい風に背中を押されて港の近くの会社へ向かう。


先日、近所の小学三年生りゅうが前を歩いていたので、ぼんやりと眺めながら歩いた。
子供からじょじょに少年へ変わってゆく途中の背中をぐるぐるとまわすりゅうはランドセルも背負っていなくて、
あっとおもって声をかけた。

「りゅう、夏休みねー?」
そうなのえへへと照れて答えてくれた。

8月1日に魔の質問

「宿題どうよ」
「ドリルだけ終わったよ。自由研究はこれからなの」

そう、かしこいこなんだったりゅう君は
自由研究は二個やる予定なんだって。

りゅうと、クラスメイトだったとして、私はこんなに気さくに声をかけられただろうか。無理だなー神々しくて!おねえちゃん30歳でよかったYO!

「りゅう、8月6日は何の日か知っとる?」
「うーんわかんない」
「8月9日は?」
「うーん?」
「じゃあ、8月15日は?」
「!あ!戦争が終わった日~6日もしってる。9日も~」

そう。いまさあ、放射能、放射能って言っているけれど、その昔「あんたら、死ねばいいんだ」というはっきりした悪意を持って、爆弾が投げつけられたことがあるんだよ。怖いね。怖いよね。

そんな話をりゅうとした。

りゅうは本当に大人みたいで、「でもあの戦争は日本が悪かったよ。」なんて言っていた。

悪い国の国民は、死ねばいいのになんて思われていいのかな?ねえりゅう。




私がりゅうの年ごろのころは、りゅうみたいに賢くなかったからさ。広島と長崎ではまだ戦争が続いているんじゃないかって思っていたんだよ。なんでやろね。そんなはずないのにな。
原爆ドームも、長崎の平和記念館も言ったことがあるけど、私は怖がりで駆け抜けてしまった。

そうや、小学校三年生の夏休み、8月6日が登校日で、その日学校で何の写真を見せられ、どんな映像が流されるのか知っていた私は生まれて初めて、学校をサボって、学童のトイレでしくしく泣いとったよ。







こうの史代という漫画家の
『夕凪の街、桜の国』という漫画がある。

映画にもなった有名な漫画。

これを買ったのはたぶん2008年くらいなんだけど、思うところがあって最近3週間くらい前に引越しのときまとめてあった荷物のダンボールから引っ張り出してきて読んだ。


以前読んだときと、まったく肌触りが変わっていた。



夕凪の街は、被爆して10年後のある女性の話。

彼女は言う。


「誰もあの事を言わない いまだにわけがわからないのだ

 わかっていることは「死ねばいい」と誰かに思われたということ

 思われたのに生き延びているということ」




彼女はおもう最期に。


「十年たったけど、原爆を落とした人は私を見て

 「やった!また一人殺せた」とちゃんと思うてくれとる?」





そして、桜の国は、被爆二世の話。いまだ続く差別の話です。



三週間前、わたしはこれを読んで、彼の怒りの激しさを、深く理解しました。

涙が止まらなかった。あの人は死ぬほど怒り狂っていた。


小学生のころ感じたいまだ戦争は続いているのではないかという感覚。
間違いではなかった。そう思った。






もし可能ならば、この漫画数多くの人に読んでもらいたいです。


夕凪の街桜の国夕凪の街桜の国
(2004/10/12)
こうの 史代

商品詳細を見る




りゅうを見て、小学生のころのことを具体的にたくさんたくさん思い出した。
こんなに優秀ではなかったけれど、私も確かに子供だった。
子育てとは、こんな追体験の連続なんだろう。

彼が始めて何かに出会ったときの感情で、自分の初体験の感情も思い出すのだろう。



いつか、いつか私に子供ができたらば、戦争の話を、きちんとしよう。
はだしのゲンも買い与えよう。広島にも長崎にもつれて行こう
。ひめゆりの塔も一緒にいこう。平和の礎にもいこう。
語り部のおばあがまだ生きているといいね。生きて話してくれてありがとうって言おう。

嫌がられても、嫌われても、どんなに怖く悲しくつらく、非道なことなのか伝えよう。

今の震災のことも福島のことも。ちゃんと伝えよう。


そのとき、子供は泣き叫んで嫌がるだろう。はだしのゲンなんてさわれなくなって、本棚の奥にしまって、その前にぎっしり違う本を置いて隠して、その隠すために置いた本まで嫌いになるだろう。

私もそうだったから。


でも、いつか本当のことを理解してくれる日が、来るのではないかと思う。


私のように。



そう願っている。




2011年08月06日8時15分  黙祷

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2011/08/06 (Sat) 台風滞在中にて

キャプチャ55

キャプチャ23


昨日から台風。
一日台風。

ちょっとだけ会社行って。

後は家で刺繍。ポリ取り(昨日のぶーちゃん)



台風が終わらない。

夜はハラカミさんのユースト見てる。


格好よかった。




ハラカミさんのおかあさん。66年前に生きのびてくれて、ハラカミさんを産んでくれてありがとう。
彼の音楽は、波及し、わたしやはたまた多くの表現者の血や肉や骨になりました。

人の死は悲しい。やるせない。たまらない。

それでも、生きるとは死にリンクし続けることなんだ。あたりまえだけど。

でも、居てくれたこと、一瞬だとしてもめぐり合えたこと、影響を受けたこと。それがなによりも大切なのだと思いました。


最後に再放送だった映像が突然生っぽい今の映像に切り替わって最近の共同制作者だったタブラ奏者のU-zhaanが出てきて、おんなじ台所で、タブラを演奏した。

緊張感のある、びりっとした演奏だった。


彼の深い喪失の目を、忘れない。


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2011/08/04 (Thu) 新作


おあそびで作ってます。あとで大きいちゃんとしたのもつくるよ!


久々お人形つくるんだー!

服は眼鏡とパーカーかなあ。

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2011/08/01 (Mon) 110802




utukusii!!

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2011/08/01 (Mon) 110731

那覇空港に降りたらまだ太陽が出ていて、蝉の鳴き続ける夏らしい天気だった。

あまりにあっけらかんとしているので、、ここ何日かのことはうそだったんでしょう?と問いかけたら、
「それは違うね」と答えが返ってきた。まあ!せちがらい。

ipodからはyanokamiの音がなっていた。


家について、PCを立ち上げたら、壁紙はこんなんだった。




だって…今月(7月)一番いいライブだったんだもん。余韻を残したかったんだもん。



東京が苦手なんだと私はずっと思っていた。人が多くて、みんな忙しそうだし、電話してるし。
しかし、それは少し違うなと今回思った。

良しにつけ、悪しつけ、たくさんのものが集まる場所で、わたしはその大きなエネルギーにいつも当てられてしまうのだと思った。
でも、それは刺激であり、精神の小さな革命なのだ。そうして壊れた細胞はまた修復されて何かを取り込む。




今回、少し自分のコンセプトがクラッシュする瞬間があって、少々ゆらゆらした。

そんな時、尊敬する世の中で一番好きな人から手紙をいただいた。

私は十代のころ、この人を通して、表現というものを体でわかり、二十代のころ、希釈のない本当の才能というものを見せてもらった。

そして、三十代になった今またひとつ教わった。


きっと、私の現状など知る由もないだろうのに、そこに書かれていたことは、まさに私の現状のズバリ指し示した言葉だった。
どうして、わかるのだろう。その部分まではまだ誰にも言っていなかったのに。


その人からもらった手紙という鍵をもって、あらためて作品と向かい合ったとき、その作品の一番奥にある意味がくっきり浮かび上がってきた。

もともとあったコンセプトなんてまだまだ表層のことだった。
本質はまだまだ奥のほうにしまわれていた。
一度壊れることによって、やっと見つけた。

本当はうすうす知っていたのだ。
だけど怖くて私はそちらが本当だと認めたくなかったのだ。



でも、もう無理だ。知ってしまった。
いや、本当は知っていたんです。

やらなくてはいけないことがあるって。

命をかけてやらなくてはいけないことだって。






東京ではたくさんのことがめまぐるしくあったけど、それがわたしにしみるのは、もうすこし後みたいです。
しみたらまた書きます。


みなさん、ぐちゃぐちゃの私に優しくしてくれて、ありがとう。
抱きしめてくれてありがとう。
頭をなでてくれてありがとう。
手を握ってくれてありがとう。
見に来てくれてほんとうにありがとう。


電話で、かわりに本当のことを教えてくれてありがとう。






沖縄で、また仕事の日々です。



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Author:e彫刻研究所 
沖縄にある彫刻アトリエです。

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